< 引用その3 >

 わたしがチェーホフを貪るように読むのは、はじまりと終りについてのきわめて重要なことがらをいますぐ発見できるのを知っているからである。いまでも記憶しているが、いつだったか、ロシア人が本当の生活を生きられるのは、せいぜい三十歳までである、というチェーホフの考察に出会ったことがある。青春時代に、わたしたちは生き急ぎ、なにもかもが前途にあると思いこみ、すべてのことに勢いよくとびつき、手当りしだいのもので心を満たす。だが、三十歳を過ぎると、心は灰色のなにかつまらぬものでいっぱいになってしまう、という。これは驚くべき真理である。
 死についても、チェーホフは健全な考えをもっていた。不死とか、どんなかたちであれ死後の生命とかいうものは迷信にほかならないから、ばかげたことである、とみなしていた。はっきりと、勇気をもって考えなければならないのだ。チェーホフは死を恐れず、「わたしが生前ひとりぼっちで生きてきたように、墓のなかでもひとりで横たわっているだろう」とくり返していた。(p316〜317)

 

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